EPISODE STORY 動かす力 ~エピソードストーリー~

自分を動かす SHOTARO ISHII

前職はゴルフ場運営会社。新卒で入社した後、3年半ほど勤めて、オープンハウスに転職する。自称「中途入社の星」。入社後は笹塚営業センターに配属。2016年より吉祥寺営業センター。

石井 彰太郎

吉祥寺営業センター(取材当時)
2014年入社

01 新たな闘いの場を求めて転職に踏み切る

「あの時は人生が終わったぐらいの衝撃でした」。そう石井が振り返る“あの時”とは、大学4年の春のことである。実は石井は、U19の日本代表にも選ばれたことのあるラガーマン。その実力が認められて社会人チームからの誘いも多く、「ずっとラグビーで生きていく」と思っていた。ところが4年の春、大怪我に見舞われ、二度と選手としてラグビーはプレーできない状態に。ラグビーで入社が決まっていた有名企業の内定も取り消されてしまったのである。まさに人生が変わってしまった怪我だった。生きる気力をなくすほどのどん底の中、それでも石井は人より遅れて就職活動をスタートさせ、ゴルフ場運営会社に入社。受付やキャディ、売上管理などの業務を担当した。「その会社にはお世話になりました。ただ、ラグビーで人と競争しながら生きてきたのに、今の自分は闘っていない、燃えていないということに、次第に我慢できなくなったんです。そして次の勝負のために立ち上がれる場を求めて、転職することに決めました」そして出会ったのがオープンハウス。まっすぐな視線で熱く夢を語る社員たちに出会い、ここなら自分も本気で燃えられると感じ、入社を決めたのである。26歳の夏のことだった。

02 一つの成功体験で大きな自信をつかむ

初めての不動産業界で、営業の仕事も初めて。「自分にもできるんだろうか」という不安を抱いての再スタートだった。そして案の定、まったく成果の上がらない日々が続いた。自分より年下の先輩たちが活躍する様子を目の当たりにするのは、中途入社の宿命。やる気だけはあったものの空回りが続く毎日で、石井はもがき続けた。だが、不思議なことに「転職に失敗した」とか「辞めたい」と思ったことは一度もなかったという。「ラグビーではもっときつい練習にも耐えたし、負けた屈辱もしょっちゅうでした。それを思えば、根を上げることはなかったですね。むしろ闘っているという充実感に満ちた毎日でした」そんな中、入社2か月半でようやく初めての契約を獲得する。これは石井にとって大きな一歩となった。「オレにもできたということで自信がつき、もっと結果を出したいと貪欲に行動するようになりました。それまではなかなか自信が持てなかったことも、上司に言われてやるのではなくて、自分から積極的に取り組むようになりました」意識が変われば行動が変わり、そして結果が変わる。こうして石井はひとり立ちするようになったのである。「結果が出ないときも、上司は毎日“大丈夫だ、お前ならできる”と言ってくれました。できるまで見捨てない文化、“やれる気”にさせる文化こそ、当社の魅力だと思います」

03 “3年でセンター長”宣言を現実に

自信をつけた後の石井は急速に力をつけ、入社わずか10ヵ月でマネージャーに昇格した。当社で史上最速の昇進スピードだった。そして吉祥寺営業センターに異動。古巣の笹塚営業センターはその後数字を落としてしまい、センター長は「石井がいないとダメだと言わせたくない」と、リカバーに必死である。石井は、いつの間にかそれほど大きな存在感を発揮するようになっていたのだった。異動の際、笹塚営業センターで部下だった同期入社の仲間が石井に「お前が上司でよかったよ」とぽつりともらした。それを耳にした石井は、涙が出るほど嬉しかったという。かつて自分が指導されたように、石井もその同期の部下に対して、できるまで“やれる気”にさせる姿勢を貫いた。そのおかげで部下はモチベーションを失うことなく仕事に挑むことができ、成長することができたのである。吉祥寺営業センターでも石井は、部下にできない言い訳はさせず、“やれる気”を植え付けることに取り組んでいる。成果は徐々に出ており、チームの空気も「自分たちにもできるはずだ」と変わってきたそうだ。実は石井は中途入社後の最初の朝礼で「3年でセンター長になります」と宣言している。マネージャーに昇格以来、前月を下回る数字を出したことは一度もなく、疾走にはますます勢いがついてきた。センター長というゴールにトライを決めるのも、もうすぐである。

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