WORK & PERSON 人と仕事

“志”という羅針盤があれば、
会社の成長の舵取りを
任せてもらえる。

ATSUSHI KOKARUMAI

営業を3年経験した後、本社企画部に異動。管理部門で予算策定や業績分析などを担当する。休日にはレンタカーを使って、夫婦で小旅行。関東近郊の浜辺で海鮮料理を味わい、温泉も楽しむというひとときを過ごしている。

小軽米 篤史

企画部 係長
2009年入社

キャリアステップ

01

オープンハウスを選んだ理由

社長の放つ“日本一への熱”に共鳴し、
入社を決意

荒井社長から面接の場で「2015年までに1,000億円企業になる」という決意聞いた瞬間、私は当社への入社を決意しました。期限を区切って具体的な数字を示されたことで、これは単なる夢や野望ではなく、“本気の目標”だと感じたからです。「家族を幸せにできる十分な収入が得られること」「人を幸せにできること」という軸で選んだのが不動産業界。その就職活動中に当社の社長に出会い、社長の放つ熱に感化され、私も共に「日本一の会社を目指したい」と決心しました。このとき社長から感じた熱にはその後もまったく変わりがなく、日本一を目指すという軸にはいささかのブレもないというのが、あれから6年たった今の率直な印象です。その通過点としての「1000億円企業」という目標は1年前倒しで達成されており、当社の有言実行の文化を体現していると思います。
入社後は中野営業所に配属され、営業の第一線で仕事を学んでいきました。先輩の背中を追いながらがむしゃらに過ごした毎日。ここで学んだ「常に相手の立場を思いやって接する」という気配りは、現在の仕事にも大いに活かされています。

02

現在の仕事について

会社の歩みを、
あるべき方向へと軌道修正する

本社企画部への異動は、まったく予期しないことでした。私に課せられたのは業績管理業務全般と、「東証一部上場」という極秘のプロジェクト。
上場プロジェクトは少数で取り組まざるを得ず、作業量は膨大で、非常にハードな仕事でした。ただ、決して苦ではなかったです。“仕事だからやらされている”という感覚はまったくなく、困難に挑んで乗り越えていくことで自分がさらに成長できるということに喜びを感じていました。最終的に無事に上場を果たし、上司である取締役に上場記念セレモニーで東京証券取引所の鐘を突いていただいたときは、感無量でした。
後で聞いたところでは、私をこの業務に当てるように推薦してくださったのは社長だったそうです。私のような一営業所の若手でもきちんと見てくれているのが当社の社長。きっと社員1人ひとりのことが大好きなのだと思います。
現在は予算の作成や業績の集計・分析などの業務を担当しています。会社が目標に向かって進む途中では何らかの“歪み”が生じるものですが、それを軌道修正して正しい道へと導いていくのが私の役目。非常に影響力の大きい仕事で、私の策定した計画に沿って1,000人以上の社員が一丸となって動くことに、大きなやりがいと責任を感じています。

03

仕事への思い、目標や夢

まじめに働く社員が報われる会社であり続けたい

私は当社の「厳しい仕事ほど一緒にガンガンぶつかっていこうぜ」というカルチャーが大好きです。明るく、ハード。逃げない。そして、やった人がきちんと報われるという風土は、とても心地よいものです。これから当社は「日本一の会社になる」という目標の実現に向かってさらにスケールアップしていかなくてはなりません。しかし、どんなに規模が大きくなってもこのカルチャーは大切にしたいし、まじめに働く社員が正当に評価される会社であり続けたい。そして、お客様の幸せの実現をサポートすることで社会に貢献する会社であり続けたいと思います。
私自身は、遠い将来のことはまだ模索中ですが、まずは現在の業績管理の仕事のプロになりたいと思っています。そして、3年以内には私の上司である取締役に取って代わって経営企画の業務を一任されるような存在になりたいと考えています。それは要するに今の上司のポストを狙っているということなのですが、こんなふうにパブリックな場でも“下から突き上げる文化”も、当社ならではの魅力なのは間違いありません。

メッセージ

実は面接の際、「私は35歳で退職します」と言い切りました。当時は若いうちに稼いで早くリタイヤする人生を送りたいと夢見ていたからです。それに対する面接官の反応は「格好いいな」「正直だ」というものでした。今はそんなことは忘れて、目の前の仕事にがむしゃらに取り組んでいますが。これは私の例ですが、皆さんも本音を隠して入社したとしても、後々自分が辛くなるだけです。決して飾ったりせず、等身大の自分を大切にしてください。

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EPISODE STORY 動かす力